ニッケ 全日本テニス選手権 大会の沿革・歴史

大会の沿革・歴史

全日本選手権大会は日本庭球協会(現:日本テニス協会)が最初に手掛けた大会として1922年(大正11年)に第1回が開催されました。当初は男子のみを対象として行われましたが第14回で混合ダブルスが加えられ総合的な選手権として形が整えられました。 ドローサイズは時代により多少の変動がありましたが、男女ともシングルス48名、ダブルス32組に落ち着き現在に至っています。

この全日本選手権はもともとアマチュア選手のための大会でしたが、昭和40年代に日本に数多くのプロ選手が誕生したことを受け、1979年(昭和54年)の第54回大会より賞金制度が導入されました。現在は賞金総額2600万円、男女ともシングルス優勝225万円となっています。

またこの大会は長年にわたり皇室のご理解・ご指導を頂きながら開催されています。 天皇杯は1947年(昭和22年)に下賜され、同年の第22回大会より男子シングルス優勝者に贈られています。ほか男子ダブルスには「欇政宮杯政宮杯」、女子シングルス「秩父宮妃記念楯」が贈られており、名実ともに最高峰のテニス大会として発展してきています。

全日本テニス選手権の沿革

大正10年
  デビスカップ初参加/日本庭球協会創立
大正11年
第1回 第1回全日本選手権大会が開催される
ドローサイズ/男子単63人・男子複23組
大正13年
第3回 全日本選手権女子開始
昭和2年
第6回 全日本選手権ドローサイズ/男子単64人・男子複32組
昭和10年
第14回 全日本選手権/混合ダブルスの種目追加
1941年は開催されず
1943〜45年は開催されず
昭和22年
第22回 全日本選手権に天皇杯下賜される
昭和43年
  世界のテニス、オープン化→多数のプロ選手誕生
昭和53年
第53回 全日本選手権ドローサイズ/女子単64人・女子複32組
昭和54年
第54回 全日本選手権賞金制度導入(総額650万)
昭和55年
  日本庭球協会が(財)日本テニス協会に変更
昭和58年
第58回 全日本選手権女子で雉子牟田明子が15歳4ヶ月の史上最年少優勝
昭和59年
第59回 有明テニスの森公園での開催、以後開催会場が固定される
昭和62年
第62回 有明コロシアム完成、全日本選手権への都道府県代表予選参加始まる
全日本選手権ドローサイズ
男子単128人複64組・女子単128人複64組
平成元年
第64回 全日本選手権男子で谷沢英彦が17歳9ヶ月の史上最年少優勝
平成7年
第70回 全日本選手権ドローサイズ
男子単96人複48組・女子単96人複48組
平成25年
第88回 全日本選手権の東西地方大会を導入開始
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